OkamuraYoshinori

第3話 お江戸は、粋なおっさんの天国か

《京橋界隈編》

アイロンの効いた白いシャツに黒いベストをまとった
年配のウエイターに「どうぞ!」と奥へ促されるままに席に着く

この日は、おっさんの連れが若い頃に仕事の仲間とランチをしに来ていたと言う
懐かしい洋食のレストランをお目当てに二人で出かけてきたのだ。

ランチタイムもそろそろ終わろうかという時間
「なんとか間に合った」

土曜のランチタイムとあって、店内は、ほぼ満席に近い
昼からワインのボトルを挟んでグラス片手に談笑するカップル
奥の仕切られた部屋では20人近くのグループ客が話に花を咲かせている
しかし客は皆そこそこのお歳の方々だ

さて「これと、この二つは終わっちゃって」と
メニューを指差すベテランのウエイター氏

そうか、人気の牛カツが終わってしまったのか〜

「カツは、豚ならできるけど..」

「じゃ、とんかつと、ハンバーグをお願いします。
あ、それとビールを」

「ビールは? ジョッキ? ジョッキ1とグラス1ね」
ほどなく、テーブルに運ばれてきた一番搾りの生をテーブルに置きながら

「キリンは発売当時うちが独占販売で広めたんだよ」

「えー、そうなんですか….」
なんでも、キリンビールの前身「ジャパンブルワリー」の創設から深く関わっている歴史だそうな。

「池波正太郎や、小津安二郎も常連だったんだよ、伊丹十三のマルサの女のロケなんかもここでやったんだよ…..」
な、なんと……
時代劇に出てくる芝居小屋の木戸芸者の口上よろしく、耳寄りな内容がぽんぽん出てくるのに、すっかり乾杯も忘れて聞き入ってしまった

へー、そういう歴史があったんだ…….
時代小説ファンのおっさんは、池波正太郎と同じ洋食を食えることに
密かに盛り上がった。

あとで調べると、当時の本社建物は、三菱一号館を手がけたジョサイヤコンドルに学んだ曽禰達蔵と中條精一郎の事務所が手がけたもの。
イタリア・ルネサンス様式の美しい外観が魅力的な建物は、今も文化財としてその姿をとどめている。

このお店、どのスタッフも
客の注文の仕切りといい、サーブの無駄のない所作といい
ベテランの風格とプライドすら感じる面々であった。
(実際には、おっさんよりだいぶ若いのかもしれないが)

とにかく面白いのは、このぶっきら棒で、妙にテンポが良く、妙にフランクな言葉遣いだ。
何故か全く嫌な感じに受けないのは、ここ京橋界隈だからなのだろうか
自分を含め逆に客の方が皆、丁寧なのが笑える

会計を済ませたお客の常連らしい60代と思われる紳士が通りすがりに
スタッフへ「今日は、ありがとうございました〜」と声を掛けながら通り過ぎていく。
「おー!ありがとねー」…….。

え〜〜、かっこえ〜  でも普通は、逆じゃねぇ…?
これが”粋“ってやつですかい! 
嫌味のない、なんとも清々しい空気が店中に漂っているのだ。

「恐るべし江戸の文化、都会も捨てたもんじゃねえなー」

もちろん、お料理も堪能させていただきました。
たまには、こういう都会へ出てこないといけないもんだ。

1885(明治18)年 明治屋創業
1888(明治21)年 ジャパンブルワリーの麒麟麦酒総代理店へ
その後、麒麟麦酒株式会社の設立にも深く関わっていく
1933(昭和8)年 京橋明治屋ビル竣工

参考:明治屋の歴史 https://www.meidi-ya.co.jp/company/history02.html
ジャパンブルワリー重役会議録 https://museum.kirinholdings.com/jbc/j1.html
中央区ホームページ/明治屋京橋ビルhttps://www.city.chuo.lg.jp/a0052/bunkakankou/rekishi/bunkazai/shiteibunkazai/meijiyakyobashi.html

今宵の一献




酒:山形正宗 稲造 純吟 自家栽培米
酒器:古川章蔵(柳生町)@furukawa_shozo
月見盆:富山孝一(神奈川)@Koichi_Tomiyama
右写真:柳生の古川章蔵さんにご案内いただいた「一刀岩」
    柳生石舟斎が天狗と思って切ったと伝わる

稲造の背ラベルには、なぜか「人生は、遊びだ。」と書かれていた
柳生の章蔵さんも、木工の富山さんも自由奔放に人生を楽む粋な御仁だ。
「わしも粋なじじい」になりたいもんだ。
ご馳走様でござった。